子宮内膜症性卵巣がんの悪性化を鑑別するための
近赤外経腟プローブの開発
医療事業本部
酒井博則, 鈴木裕子, 岩渕拓也,
子宮内膜症は、本来子宮内だけに存在するはずの子宮内膜組織が卵巣や骨盤内などにできる疾患で、女性の約10%が罹患しています。この病気では、異所性の子宮内膜組織が月経周期にあわせて増殖や出血を繰り返すため、慢性的な炎症が引き起こされ、月経痛、不妊、骨盤痛などの症状を伴います。このため、患者の生活の質や妊娠への影響が大きい疾患です。
子宮内膜症自体は良性疾患ですが、長期的な炎症や組織環境の変化により、卵巣がんに進行するリスクがあります。特に慢性的な炎症がDNA損傷や細胞増殖の異常を招き、さらに鉄の蓄積による酸化ストレスやエストロゲンなどのホルモンの影響が、悪性腫瘍化を促進します。研究では、遺伝子変異(ARID1AやPIK3CAなど)の関与も報告されており、こうした要因が子宮内膜症性卵巣がんの発症につながると考えられています。
ただし、子宮内膜症性卵巣がんは一般的な子宮内膜症と症状が似ているため、早期発見が難しいという課題があります。診断には侵襲的な手術や組織生検が必要になる場合が多く、これが患者にとって大きな負担となっています。
本プロジェクトでは、子宮内膜症性卵巣がんの悪性化を非侵襲的に正確に診断できるプローブの開発を進めています。この技術の着想は、良性腫瘍と悪性腫瘍の嚢胞液の成分の違いが解明された点にあります。嚢胞中の鉄濃度やヘモグロビン濃度に有意差があり、良性ではメトヘモグロビン、悪性ではオキシヘモグロビンという異なる化学種が存在することを発見。これらの結果から、嚢胞中のヘム鉄そのものが悪性化を鑑別するためのバイオマーカーとして有用であることが明らかになりました。
さらに、このヘム鉄が近赤外線を吸収する特性に着目しました。近赤外線は生体組織を透過できるため、光学センサーを用いることで、嚢胞内のヘム鉄を非侵襲的に検出する技術を実現。実験により特定の波長を選択することで、このセンサーがプローブとして機能することを確認しました。
このプローブ技術は、患者さんの身体的負担を大幅に軽減しながら、悪性腫瘍を高感度かつ正確に鑑別することを可能にします。従来の侵襲的な検査方法に代わり、迅速かつ簡便に診断を行うことで、患者さんの不安軽減や治療開始の迅速化を実現します。また、特殊な高価な設備を必要とせず、多くの医療機関で導入可能な設計となっており、診断技術の新しいスタンダードを築く可能性があり、子宮内膜症性卵巣がんの診断と治療に革新をもたらすことが期待されています。
